くるりん抜刀の巻。

今日は杖ではなく、居合の稽古に行きました。
朝から吹雪で寒すぎ、起きるのが辛かったですが、頑張りました~。

あいかわらず納刀がいまいちで、形も自分の理想通りにはできておらず
自信が持てないまま、鏡の前で黙々と抜いていたのですが・・・
意外にも、先生からはお褒めの言葉をいただきました。

「杖で鍛えているからか、振りが速いし、決めがよくできている」
・・・とのことでした。

私は、むしろ動きをごまかさず、もっとゆっくり抜きたいのですが
先生は、刀の抜きつけと切り下ろしについては、速さを評価しているようです。

これも日々の素振り効果でしょうか。
いつも、上段片手斬りと袈裟斬り、左右切り返しについては、高速で振る稽古をしています。
(杖の「雷打」、「正眼」対策のため)

自分ではまだ到底、今の姿勢や所作に全然納得できていません。
「見てるから、ひとりで抜いてみて」と稽古で注文されたときは
技の未熟さゆえ、恥ずかしさと緊張のあまり、一気に血の気が引きました;

それからスパルタ?式に、計5~6回ほど一本目だけを繰り返し、ひとりで抜くことに・・・;
先生の目が気になって、余計納刀がスムーズにいかないので焦りましたが
大きなミスはなく、どうにかこうにか終了。

これまで勘違いしていた動作をはじめ、ありがたい助言をたくさんいただけたので
しばらく一本目だけは、ひとり稽古で迷わず抜けそうです。

私は、次々と中途半端に多くの形をこなすよりは
同じ形を納得いくまで、何度も何度も繰り返す稽古にこそ、無限の楽しさをおぼえます。
想像力と身体能力を磨いていく限り、二度と同じ形は抜けないと思うと、退屈しないのです。
そして、稽古すればするほど、自分の理想に近づくことができる、という成長の楽しさもあります。

戸山流基本居合の一本目は初心者にはいきなり難しいと感じる形のようですが
慣れるまでは確かに二本目の方が簡単です。
その理由は独特な抜刀体勢にあります。

通常の抜刀方向(刃が上)
通常鯉口

戸山流 一本目抜刀方向(刃が下)
戸山一本目

鯉口を切ってから、一瞬で手首と手の内を半回転させることで
峰を上に向けてから抜刀し、敵の脇腹から肩にかけて、逆袈裟で斬り上げます。

そこから止めの真っ向斬りに行く際、さりげなく(笑)鞘を半回転して元に戻しておかないと
鯉口が上下逆で納刀できないので(爆)
最初の形にもかかわらず、八本の形の中でも独特なのが、一本目です。

戸山流だけではないと思いますが、形の中で何度か手の内を変化させて抜く形が多いので
手の内をがっちり決めすぎず、常にやわらかく自在に遣うことが大事なのですね。(杖の太刀でも同じです。)
そのような共通項が多いからか、杖道講習に行くと居合道経験者が大勢いたりします。

流れに流れてみる。

今月の健康診断で、去年より体重2kg、ウェスト3cm縮んでました。
(ウェストは、なんと三回も計りなおしされました;)

自分でも半信半疑ながら、毎週、温泉プールに通い続けております。

食事は、炭水化物(主食)をほぼ一食に減らしているので、その効果もあったのかもしれません。
ただ、その分、間食(ナッツや菓子類)を多めに摂っているので、食事で痩せたとは思えません。
結果だけ見ると、自分に関しては、糖質制限はパンとご飯を控えれば十分なようです。

ケトン体質を目指すなら、もっと本格的に糖質制限した方がいいようにも思いますが
そうすると、一般的な健康数値を割ってしまうであろうことと
夜勤という仕事上、間食抜きはストレスがかかって厳しいため、あきらめております。

医学博士である甲田先生の本では、食後12~14時間あける、朝食抜きの一日二食法を推進していました。
これは体調が悪いとき、かなり効果がありましたので、興味がある方には是非おすすめしたいです。

これまでも、5~10Kランと15~30分の筋トレだけでは、体型は現状維持しかできませんでした。
たった1Hの水泳だけで、毎回どれだけカロリー消費しているのやら;脅威の事実です。

本当は、ジムで半日くらいかけてマシントレーニングやら、トレッドランもやりたいのですが・・・
「残業&休出でそんな暇はない>短時間で効果大>関節的な負担が少ない>適度な疲労感=水泳」
~という構図に、最近のライフスタイルが見事ハマっているわけであります。

常連ジムのプールでは、何故かやたら「背泳ぎ」が流行ってきました。
自分は仰向けで浮いたまま、ゆっくりバタ足でバックするまではできるのですが
そのまま泳ごうと腕を回すとバランスが崩れ、鼻から吸水してしまいます;

相変わらず、平泳ぎでしか50m以上泳げないので、きれいなクロールで何往復もする先輩(高年の方が9割です)
が非常にうらやましく、とうとうクロールの参考書まで入手して練習しております。
その中で、息継ぎのときにバランスを崩さず、ストリームライン(いわゆるきれいな直線フォーム)を
いかにキープするかが重要、と理解しました。

息継ぎすると、頭が出る影響で身体が沈むので、以後のリカバリーが下手だと
もろに水抵抗を受けて、苦しい泳ぎになってしまいます。

自然体で水の流れに身を任せ、速く美しく水中を進むためには
やはり、それなりの工夫と練習が必要なようです。

ひたすらリピート稽古の巻

新技を教わる当初は毎回のことですが、予習復習していても次の動作が出てこなかったり
イメージ通りに技ができないのが悔しく、何度も何度も、同じ形稽古をお願いしてしまいます。
「まだやるの??」と苦言を出されつつも、納得いくまでお相手してくださる先生方に感謝です。

基本の代表たる素振りや基礎体力(体幹)づくり、形の反復稽古などは
突出した武術センスや才能のない自分には、重要な儀式です。
また、それらの単調な繰り返しも苦にならないのが、私の修行過程における特徴です。

同じ稽古メニューも、いろいろ考えながらこなしていると、自分にはいつも新鮮で、発見の日々です。
だから飽きずに、何年も毎週かかさず素振りや筋トレを続けていられるのですね・・・。
基本稽古こそ、上達への最短距離・・・と信じて疑わないことも大きいですが。

現在、「表(おもて)」という形を一通り教わっているものの、文字通り「表面」だけの形としては終わらせたくない。
その次へと進むためにある「表題」とでもいうべき「表」の形をやりたい・・・
というのが、自分の心構えです。
実際に稽古してみるまで「右貫」という形は、すごく地味で見栄えがしないと思っていたのですが
自分でやってみると、これが大変面白く、味わい深い動きの形だと気づき
すっかり気に入ってしまって、他の新技より習熟度が早くなってきました;

今日の時点では、初回より動けるようにはなったものの
「一礼」と「細道」の所作が、部分的に混同してしまいやすく
(両方とも「体外打」が入るからだと思われます。)
次回の稽古までに、しっかり分離して覚えることが課題です。

今はまだ、形の順序に従って稽古しているだけなので
太刀の斬り方がわかっていない形は、どうしても展開を間違えます。
太刀の理合について、ある程度理解できている「鍔割」などは
技が難しくて決められない反面、次の動作には迷わない、という習得度の違いがあります。

梯子道場

昔から、稽古サボりだすと道場でしくじる夢ばかり見ます・・・(汗)
というわけで、そろそろ通常稽古モード再開であります。

今月は、尊敬する山根ミチル氏のライブ参加で、急遽上京。
残業休出と自治会の会議も多かった上
積雪も多めだったので、限界的に冒険しすぎたというか・・・

いつも以上に我ながらハードスケジュールでした。
どのみち、常に忙しくしてないと不安になるので、予定を詰め込みすぎて
家でのんびり寝ていることが、体調不良のとき以外ない、という現状ですが。

今回も休日出勤だったものの、稽古の夢ばかり見るのが嫌で
気合で早起きし、居合道場に向かいました。
ところが、あいにく休みだったので、一時間かけて文武学校へと向かいました。

さらにその後、一時間半かけてI市の武道館へ
杖の少年指導に行く・・・という梯子稽古で、これまたかなりハードでした;
(鬼道場のhikaさんみたいになってきた;>謎)

文武学校では、久しぶりに会ったOさんと、冬なのに何故か汗がしたたるほどの相対稽古。
それから、運命のめぐり合わせか・・・先生の意向で、以前から伝授を希望していた
古伝 神道夢想流の「表(おもて)」技を、一気に!教わることとなりました。

当然ながら、古伝の稽古初回は、次の動作を考えても断続的にしか出てこない、という
かなりのボロボロ加減ではありましたが、一度経験したことは 
解説書の写真理解を想像以上に深めます。

先生らしい(笑)超スピード解説ではありましたが、これまで姿すらおぼろげだった
難解な形の動きと流れが目に見え、感覚的にも読めてきました。
「ああ、この姿勢や構えは、こういうことだったのか!」・・・と。

古伝は稽古の機会が少ないので、形を初見で覚えるぐらいの気迫が必要です。
一挙一動、先生の動きを見逃さないよう、それはもう必死でした。
いかに脳内フル稼働しても、一回では覚え切れないわけですが;

私の先生が新しい形を教えるときは、一気に全ての形を流して
まず、形の大まかな全体像を身体に染みこませ
後の練磨は当人の努力、研究次第、という教え方です。
(教える時機は、各人の力量、経験によります。)

おかげで私は思った以上の短期間で、たとえ表面上ではあっても
剣術と短杖は、ひとり稽古できるだけの技量を身につけることができました。

今は全然思うようにできなくても、ひたすら稽古すれば必ずできるようになる。
今回教わった「表(おもて)」についても、そのように信じ、これから稽古鍛錬していきます。

ともあれ、杖は本当に自由で奇抜で、面白カッコいい!と感じた、今回の古伝稽古でした。

お前は誰だ?

今月は、何かとハードなイベントが重なって稽古サボりモードになっております・・・>汗
昨日は、巷で人気の映画「君の名は。」を鑑賞して参りました。

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普段は流行ものに関心がなく、当初もわざわざ映画館へ行くつもりはなかったのですが
昨年、大晦日で集まった親戚の方が、この映画を絶賛するとともに
多少のネタばれ(汗)をしてしまい・・・;
私としては、そのときの言葉が心にひっかかって、強く印象に残っていたため
今になって足を運ぶこととなりました。

この映画、公開からすでに数ヶ月たっていますが、それでも会場には結構な人数が・・・
物語の伏線や設定の奥深さから、何度も観に来る方がいるようで、まだまだブームは続きそうです。

映画を観てから、世間の賛否両論を読みましたが、私の感想としては
世間が騒ぐほどの感動はしなかったけど、泣けたし、観てよかった良作だった・・・という評価になりました。

この作品は、主人公視点の複雑なタイムパラドックスの中で物語が進行していくため
展開がスピーディーで飽きさせない反面、一度観ただけでは、主人公たちの時系列がわかりにくいのと
細部設定の説明不足は否めません。(本編を数回観るか、解説読めば理解できます。)

また、フィクション的なご都合主義が蔓延しているところなども気になりましたが
それらを差し引いたとしても、十分素晴らしい作品だと、純粋に感じました。観てよかったな、と・・・。

最初は、すごく呑気に「ああ、彗星が、黄昏時の湖がきれいだなあ~」と壮大な自然界の映像美に魅入っておりましたが
実はこれらの美しい光景こそ、主人公二人がそれぞれの人生を彷徨する運命の引き金となり・・・
とんでもない展開になっていく予兆なのでした・・・。

個人的に響いたのは、万葉和歌がストーリーのキーワード(あなた/お前は誰?)として
扱われた場面です。(新海氏のシリーズ作では定番らしい。)
私は万葉集が好きで、以前から読んでいたのですが、なんと全部で4516首もあるとか・・・(汗)

「誰(た)そ彼と われを名問ひそ 九月(ながつき)の 露に濡れつつ 君待つわれを」
(『万葉集』10巻 2240番 作者未詳)
訳 「あれは誰?と私の名前を聞かないでください。9月の露に濡れながら、愛しい人(男性)を待っている私のことを」

「君の名は。」本編で語られた上記の歌は、私が所有している万葉歌集(抜粋)には、記載がありませんでした;
こうして読むといい歌なのに・・・

ずっと会いたい、と願っていた人が夢に出てきて、現実に偶然出会う。
初めて訪れた場所に、なぜか無性に懐かしさをおぼえる。

学生時代、私も主人公たちと似たような経験をした記憶を思い出し、神妙な気持ちに至りました。
そんな感覚、社会に出てからずっと忘れていたはずでした、この日までは・・・。

カフェは自販機のみ。ろくに電車もこない。
自然豊かな田舎の、伝統的で芸術的ではあるが、隔離された閉塞的な空間。
狭い領域ゆえに起こり得る、町政の権力腐敗による虚無感なども
恐ろしいほど緻密なリアリティーで描写されていることに、感心させられました。

私は先日、プラネタリュウムで星や彗星を眺めてきたばかりだったこともあり
この映画でまた、天体に関する内容に触れたことも、単なる偶然ではなく、必然だった気がします。

「君の名は。」は、輪廻転生や魂の不滅など、オカルト好きな話題を支持する私などは
世界観に浸って、存分に楽しむことができる映画でした。

夢として忘れているだけで、この映画の主人公たちのような事象を
多くの方が経験しているのではないかと、私は本気で考えています。

逆に言えば、こんなこと現実に絶対あるわけがない、と思う方には
面白さが理解できない作品かもしれません。

気になる方は、世間の賛否は別として観にいかれることをおすすめします。