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揺るがない軸をつくる

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09 /26 2016
自分の中では、心と身体は間違いなくつながっている。
そのようなわけで、精神的プレッシャーがかかると、普段通りの技や動きができなくなる;
自然体、シンプルな動きが、簡単なようで一番難しい。

二度目となる戸山流居合の稽古。

結構、憂鬱だった・・・(爆)

武道の影響で、初対面の相手でも会話ができ、人見知りしなくなった私ではあるが
それでもやはり、見知らぬ人が多い稽古場に足を運ぶのは緊張するし
まだ正式入会もしてないため、出稽古のときと同様、居心地に落ち着きのなさを感じる。

居合は杖の稽古と時間が重なっているため、毎週どちらに参加するかを選ばねばならない。
今回はぎりぎりまで、やっぱり杖の稽古に行こうかと迷った。

杖の道場なら、いつもの仲間、気心の知れた先生が待っている。
サッカーでいえば、ホームかアウェイかのような感じで・・・
技術的にも人にも慣れない、居合の道場に向かうのは結構、億劫だった;

言い訳して逃げることは、いつでもできる。
悩んだときはいつも、自分にとって厳しい方の選択をする私が選んだのは
結局、居合稽古に参加することだった・・・

その選択は、正しかった!

二度目の居合稽古では、刀身に対して上体がぶれないことに関心の言葉をいただけた。
先生としては「これまでの経験が共通して役立っているようだ」とのことであった。

形崩れを防ぐため、体幹はかなり気を遣って鍛えているので、非常にうれしく思った次第である。
あいかわらず納刀はぎこちなく、上手くいかないが・・・;

前回同様、暖かく迎え、質問攻め(また;)にも対応してくれた居合の先生。
後ほど他の方に聞いたところ、この居合道場は形式的な規律をよしとせず
自由な風潮で各々が、好きな武芸を稽古できる場であるらしい。

居合稽古に、浴衣や作務衣で参加する人がいたり
先生自身も稽古場で尺八を吹いていることがある、と聞いて驚いた。
こういう規律の緩い、格式の無い道場を嫌う武道家も少なくないだろうが、私は気に入ってしまった。

稽古休憩で、長いお茶呑み時間があることにも仰天だったが
その間も、私はひとりで勝手に杖や太刀を稽古してもいい、という自由空間なのだ。

自主性と個性を重んじ、すべて自己責任で行動する。上達錬度も当人次第。
この自由こそ、真の大人の世界ではなかろうか。

杖も以前やっていたことがある、とのことで
30分ほど、無理やりな短杖の稽古に付き合ってくれた古参会員のHさん。
今後も相手してくれるとのことで有難い。

Hさんは居合いは結構な腕前なのに、杖に関しては「教えてください」と言われ困惑する;
普通、出会ったばかりの年下で、しかも居合は素人の私に、ここまで謙虚にできるだろうか?

でも、先生の人柄が、あらゆる権威や束縛を嫌うからこそ
身上を問わず、謙虚で気のいい修行者が集まってくることに、納得もするのだった。

なにせ、初対面のとき、先生に正座で自己紹介した私は、いきなり怒られた。>爆
「ここは、そんなことをするところじゃない。」・・・と。
道場で座礼して、お叱りを受けたのは後先含め、ここだけではないかと。>汗

そんな新しい環境にも早く慣れて、居合の技もどんどん磨いていこうと思う。

コメント

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チャレンジャーですね!

初対面のとき、先生に正座で自己紹介した私は、いきなり怒られた。>爆
「ここは、そんなことをするところじゃない。」

自分も鬼道場に入門した頃を思い出しました。
「ここは、駆け込み寺じゃないぞ。」

鬼道場も自由だったけど。。。

自由って自分に厳しくならなければならない事だと思います。


お茶呑み これも修行の一つですよね!
上達するのに大切なのかも?

なかなか、良い道場だと思います。
頑張って下さい。

気の向くままに~

>hikaさん

新しく加入する居合道場は・・・鬼道場ゆるゆる版??といった感じですね。
先生の人柄にひかれ、仮入門しております^^;

何を着てこようが、何を稽古しようが自由!(もちろん、剣道もできます)
しかし、お茶会後は全体でしっかり、股割り(スクワット)素振り90本くらい連続でやりました・・・
主婦の方も平然と振ってましたが・・・自分は居合刀での素振りに慣れておらず、結構~きつかったです;
今後は、形を一本でも多く覚えられるよう、ひたすらがんばるのみです。

五島 鎧影

「義より上に道はあるなり。これを見付くる事 容易に成りがたし。」
(葉隠 聞書第一)