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制定杖の行方

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11 /15 2016
「腕があればいいのか?」と、言われると「礼ができればいいのか!」
・・・と、突っ込みたくもなる講師陣への気持ちもありますが・・・

審査後に行われた、全剣連の杖道部会による講習会での要点を
復習を兼ねて申し上げたいと思います。
(ただし、私の偏見、思い込みも含みます。)

とにかく、厳しく言われたのは、例のごとく「着装」についてでした。
どんなに寒くても、重ね着が襟元や袖元から決して見えないこと。
襦袢も道衣の襟から見えると、NGらしいです。
(去年までは上着の襟から下着の襟がはみ出さなければ、襟は見えてもOKと言われてました。)

上記の個人的な対策としては、襟元が大きいV字型の半袖 LLサイズ以上の防寒下着を着用したいと考えています。
さすれば、さすがに見えないかと・・・。

袴の前帯は「武者結び」が鉄則で、余った帯端は何度も折らずに一箇所のみを伸ばして腰板へ引き込むこと。
掛け声も「短め」が望ましい、だそうです。(本来の神道夢想流でみられる長~い気声を発すると、嫌われるとか。)

続いて「礼法」についても、細かい指摘を受けました。

太刀は今年から「相互に礼」のとき、両足のかかとをつけてV字に揃えることになったのですが
私は今回、このことを意識しすぎて、太刀を納めるときの足を間違えるという、凡ミスにつながりました。
剣道形でも以前はこんな足の揃え方はしていなかったのに、何故こうなってしまったのでしょう?

また、太刀を抜くときは「鞘から抜く動作」をしてはならない、というのが、近年からの原則です。
形とはいえ、本身をそのままもっている想定なのか?と、この所作については常々、大きな疑問を感じています。
先生方も違和感を指摘しつつも「やれ」と言われるので、渋々やっておりますが・・・。

しかしながら、剣道時代の私は蹲踞で竹刀を構えるとき、必ず鞘から抜く動作を取り入れていました。
それは、竹光といえど元は日本刀だと信じていたからです。

鍔が正中線上にある居合と違い、杖の太刀は柄頭が正中線上であることは、まだ許容範囲ですが
どうも最近から、全剣連杖は神道夢想流杖との違いを強調するあまり
理論的におかしな所作がでてきて、とまどっています。

これらの所作は、講習や審査において技術面よりも重視されています。
私的にはたして、全剣連杖道はこれでいいのか?という印象です。

基本の着装や礼法は、確かに全国審査では徹底厳守すべきですが、それよりももっと
全剣連杖の普及と向上のためには、全体のレベルを段位相当に高め
形の錬度にこだわるのが先ではないでしょうか?

言い方をかえれば、全剣連は外観や理屈ばかりが立派で、形や技の内容が伴っていない、とも
とらえられてしまうのではないでしょうか。
それは、理論倒れで実際には「斬れない居合」にもつながるのではないか、と思うのです。

誤解されては困りますが、私は全剣連の制定杖道が好きだからこそ、このような苦言を申しています。
古流と呼ばれる「神道夢想流」がその発祥であるにもかかわらず
何故ここまで古流の諸法を否定、除外し、別道扱いにしようとするのかが私にはわかりません。

かつて、全剣連居合と同様、制定杖道にも高段位審査には古流形の指定がありました。
しかし、今やその規定も排除され、神道夢想流を知らない八段さえ存在できることになっています。

私は神道夢想流を普及形として、制定杖道を生み出した清水先生が
このような現状を決して望んではいなかったのでは、と思っています。

俗にいう、古流杖道と制定杖道がそれぞれの利点と特徴を生かして
うまく共存波及していかないか、大いに願うところです。

コメント

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古伝の技を残すことの意味、これって難しいですね。
全剣連の方々のお考えは、推測すらできませんが、奇をてらっているわけではないでしょうし、昨年と伝授している内容が変わっていると、門下生は「?」ですね。
何か自分たちの爪痕を残したいのでしょうか。
そんな陳腐な思いではないなら、考えを示してほしいものですね。

少林寺拳法連盟も現代の宗由貴さんになってから色々と問題を抱えている様子。
頭に立つ者次第で、方針をコロコロ変えられたらたまらない!
武道は会社じゃないんだぞって。

武道と武術の違い

かんたろさん

>まったくおっしゃるとおりで、制定杖道は毎年のように上位陣の顔ぶれ次第で
前年度との技の運用、作法がまるで異なる、という理不尽な問題を抱えています。

全剣連は大きな組織ですから、「上に習え」の習性はやむを得ないとしても
全国審査は、審査員の先生の顔ぶれをみて
形のやり方を決めなさい、という講師陣の説明には
少々あきれてきております。単に合格すればいいのか?と。>苦笑

少林寺拳法でも、同じような現状がみられるのでしょうか。
全国統一はわかるけど、元となる古伝をもっと重要視してほしい
というのが、私の正直な意見ではあります。

五島 鎧影

「義より上に道はあるなり。これを見付くる事 容易に成りがたし。」
(葉隠 聞書第一)