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ひたすらリピート稽古の巻

士道
03 /13 2017
新技を教わる当初は毎回のことですが、予習復習していても次の動作が出てこなかったり
イメージ通りに技ができないのが悔しく、何度も何度も、同じ形稽古をお願いしてしまいます。
「まだやるの??」と苦言を出されつつも、納得いくまでお相手してくださる先生方に感謝です。

基本の代表たる素振りや基礎体力(体幹)づくり、形の反復稽古などは
突出した武術センスや才能のない自分には、重要な儀式です。
また、それらの単調な繰り返しも苦にならないのが、私の修行過程における特徴です。

同じ稽古メニューも、いろいろ考えながらこなしていると、自分にはいつも新鮮で、発見の日々です。
だから飽きずに、何年も毎週かかさず素振りや筋トレを続けていられるのですね・・・。
基本稽古こそ、上達への最短距離・・・と信じて疑わないことも大きいですが。

現在、「表(おもて)」という形を一通り教わっているものの、文字通り「表面」だけの形としては終わらせたくない。
その次へと進むためにある「表題」とでもいうべき「表」の形をやりたい・・・
というのが、自分の心構えです。
実際に稽古してみるまで「右貫」という形は、すごく地味で見栄えがしないと思っていたのですが
自分でやってみると、これが大変面白く、味わい深い動きの形だと気づき
すっかり気に入ってしまって、他の新技より習熟度が早くなってきました;

今日の時点では、初回より動けるようにはなったものの
「一礼」と「細道」の所作が、部分的に混同してしまいやすく
(両方とも「体外打」が入るからだと思われます。)
次回の稽古までに、しっかり分離して覚えることが課題です。

今はまだ、形の順序に従って稽古しているだけなので
太刀の斬り方がわかっていない形は、どうしても展開を間違えます。
太刀の理合について、ある程度理解できている「鍔割」などは
技が難しくて決められない反面、次の動作には迷わない、という習得度の違いがあります。

コメント

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No title

五島さんに質問です。
当流では「脱力すること」をよく指摘されます。
昔、柳生心眼流でも同じようなことをよく言われたのですが、
五島さんの棒術では力みについて、身体操術について、どんな指導がされていますか?

良い稽古 やってますね!

自分が、通っていた鬼道場には武専、小川金之助先生直筆の書、百錬自得の額が飾られてました。
手ぬぐいにも書かれていて、それを見ては、何十回も何百回も同じ切り返しとメン打ちばっかり。
それが鬼道場の稽古法でした。
上達するのを信じて、苦しかったけど根性ができましたねぇ~。
(今は、無理っすけど懐かしいな。)

その稽古の中で少しずつ こーしなければ、あーしなければで、自分なりのものになって来たと思うのです。
(攻めることが大事だと解ったかなぁー?)
リピート稽古、杖道、居合道、やったことないけど 全てに繋がる稽古法ですよ!

無心で・・・

>かんたろさん

私の先生から求められることは、非常にシンプルなことです。
かんがえないこと。こだわらないこと。とらわれないこと。

これはまさに、般若心経の教えそのもの・・・これができたら、おそらく簡単に悟れます。>爆
「脱力」も基本の鉄則ですが、長年の身体的な「癖」と「意識」という無意識が作用してしまうため
平常心、自然体とかけ離れた、難しいことをやって、結果、上手くいかなくなるのです。

読書家かつ研究熱心な、かんたろさんにおいては既知の事実ですが
力はインパクトでしか使わないこと。身体的な能力よりも技術が大事なところは
スポーツも武道も同じですね。

>hikaさん

こちらはまだまだ吹雪がたまにあったり(汗)で寒暖差激しすぎですが~
hika先生を見習って、毎週の温泉や稽古は欠かせません。(たまにグルメも~)

こっそり?グルメ修行も頑張ってはいるのですが、悲しいことに食欲が強すぎて
いつも写真を撮り忘れるため、まったく記事にできてません;もっと修行しなければ・・・>苦笑

切り返しや素振りなどの反復稽古が苦にならないのは
強いて言えば、私の才能なのかなあ~と思っております。
昔は先生から、たった一度しか技を見せてもらえなかったそうなので
何度もお願いできる、現代の稽古は恵まれているのです・・・。

これからもお互い、地味ながら進歩していきたいですね。
仕事や家事も大変なので、倒れない程度に頑張りましょう。

五島 鎧影

「義より上に道はあるなり。これを見付くる事 容易に成りがたし。」
(葉隠 聞書第一)