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お迎えが大事。

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05 /29 2017
早朝。
自分の居合刀がハバキから自然分解し、刀身も鍔もすっぽ抜けてバラバラになる。
・・・という、とんでもない悪夢を見て飛び起きる;
道場で先生に叱られる夢などは時折見るが、こんなにヤバイ夢は久しぶりである。

私はいつも現実的な夢を見る上に、たまに予知夢も見るので、これは何の凶兆かと恐れおののく。
単に寝る前、『平家物語』を読んだ影響だろうか??(「祟り」や「怨霊」の話が、いっぱい出てくるから。)

前日は、ジムで真面目に1H筋トレ&5kmRUNをやったので、かなりの疲労感もあり
これは稽古行かない方がいいのだろうか・・・と悩んだものの
結局、稽古依存症なので、気合いと根性で道場へと向かうのだった。

稽古場では、いつもの先生、いつもの先輩、いつものご苦言;をいただき・・・
課題でお腹いっぱいの、平穏なひとときであった。

納刀では、どうしても柄を握る右手を意識してしまうが、そうではなく、鞘を握った左手を意識して
刀の切っ先を鞘の鯉口がお迎えする気持ちで行うべし、との教えを受ける。
つまり、刀身は鞘のエサなのか。刀が入るのが鯉口だけに・・・なるほど。>微笑

しかし、そうは思っても、なかなかスムーズに鯉(鞘)にご飯(刀)を持っていくことができない。
こんなに必死にエサやってるのに、どうもお口に合わない!>泣

相変わらず納刀の苦労が絶えないが、ここでまた新たな難題・・・
形を大きく見せるために体幹力を総動員して、できるだけ大きい動き
足も大股で斬らなければならない、という問題に直面する。

さらに、大股になるほど、左足のかかとは浮いてしまいがちだが
剣道では定石だったこの足遣いが、居合では減点となるようだ。

居合の斬り方は、重心こそ主に中心だが、左足かかとは、しっかり地面について踏ん張るものらしい。
これにはまだ懐疑的で、杖の太刀遣いでも左足かかとが地面につくのは
「居着き」として嫌われる姿勢であるから、今後の研究課題である。

床に完全に「かかとを着く」のではなく、「紙一枚分浮かせる」の間違いではないかと
先生にも再三確認したが、先生は斬ったとき、地面に完全に足を食いつかせている、とのこと。

確かに、相手を真っ向から斬り下ろすには、その足の踏ん張りが正しいとは思える。
しかし、仕留め損ねた相手が反撃してきたとき、地に着いた足ではすぐ動けないのではないか・・・。
いや、戸山流が「一撃必殺」の抜刀を信条とするならば、それは考えなくてよいことなのか。
・・・などなど、ひたすら妄想癖に陥る五島であった。

しかし、この左足の遣い方は、私が諸先生や書籍から受けてきた、長年の教えとは反するところがあり
まだ納得しがたいので、研究の余地がある。
それより以前から、私は左足かかとに若干不安があり、この踏ん張りを大股でやると
アキレス腱に負担がかかるので、正直なところあまりやりたくはない、という理由もある。

何にせよ居合の道は、まだ入口を歩き始めたばかりなのだから、慌てることはない。
いろんな先輩、先生方の動きを拝見しつつ、あるべき姿をじっくり考えていこうと思う。

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五島 鎧影

「義より上に道はあるなり。これを見付くる事 容易に成りがたし。」
(葉隠 聞書第一)