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稽古とは、稽古することである。

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11 /12 2018
変わっているのは承知の上だが、私はただ純粋に稽古がしたいだけの存在である。

稽古場は修練を望むものならば、広く万人に開かれるべきであって
場の礼節を乱されない限り、特定の流派や所属などに拘って、すべての門戸を閉ざすべきではない。

私は「自分が真に自分を得ることのできる」崇高たる「稽古」という行動においては
権威や主義主張の関係とは、できる限り無縁でありたい。
個々の思想や信仰など・・・これらの話題を稽古場に持ち出されたら、それこそ折り合いがつかないからである。

風通しの良い道場には、誰もが出入りして然るべきであり
道場の風に合わぬ者は、黙って去ればいいだけのことである。

居心地の悪い道場に、自己の信念を捻じ曲げてまで居座ることもない。
そもそも、どんなに腕が立とうと、人格的な信頼を失くした先生から、素直に教示を得ることなどできようか。

当たり前だが、本来、道場とは純に「稽古」によって心身を鍛える場であって
決して個々の思想を押し付けたり、強制したりする場ではない、と私は信じている。

今回、複雑な事情あって、ある先生と数年来の協力関係に亀裂が生じ
自分の意思で一箇所、稽古場を失うことになるけれども
私は自ら決めた行動と理念に、悔いや引け目など一切感じていない。

人一倍、熱意と向上心はあっても、従順でないことは、あらゆる人から指摘される私の欠陥ではあるが
そんな未熟で生意気な私でも、受け入れてくれる師や道場もあるのだから、前途は暗いわけでもない。

むしろ、これからは自分のやり方で、理想とする稽古場を求め
いつかは自力で独立もしていかなければならない。

新たな旅路は始まったばかり。
まだまだ、自分の修行だけで、めいっぱいな状況ではあるけれども
これからじっくりと、今後の行く末も考えていかなければならない時機が、近づきつつあるようだ。

コメント

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守、破、離

正解なやり方だと思います。


今までは指導者の教えに忠実にしたがって学び身につける段階(守)

今まで学んでことについて工夫を凝らしさらに技術を高める段階(破)

守、破を超越し技術をさらに深め独自の新しいものを確立していく段階(離)

今、破の段階に入っています。

鬼道場流で言うと破は
よその道場の稽古を覚える事。

そして離 自分の修行(人生)はこれで良かったと思うこと。

修行の上で一段階 進んだのだろうと思います。
まぁ~頑張ってくださいね。










 

どこでもありがちな・・・

>hikaさん

いつも応援ありがとうございます。

私と意見が食い違った某先生からは、その後
言い過ぎた・・・と、謝罪もあったのですが
稽古上の主義主張が異なる以上、同じ衝突を繰り返すことは目に見えており
私はもう、元の関係には戻れないものと思っています。

しばらく、某先生が指導しない他道場のみで稽古することに決めました。

hikaさんも過去の日記で似たような、先生方の指導方針の違いについて
書かれていたような??
かなしいながら、どこの世界にも人間関係はついてまわるものです・・・

私はあくまで道場は稽古する場、という考えなので
稽古において、独自の政治論や宗教観に偏った説教ばかりするのは
よろしくない風潮だと思うのです。
稽古時間が限られる私にとっては、上記のような行いは本当に時間の無駄です。

人によって意見は異なるでしょうが
私が今回、某先生の道場を去る理由は、そんなところからです。

五島 鎧影

「義より上に道はあるなり。これを見付くる事 容易に成りがたし。」
(葉隠 聞書第一)